2014年1月の記事一覧

原因にばかりとらわれない

先日、患者さんからこんなことを言われました。

なぜうつ病になったのかなあ。それまではちゃんと会社にも行けていたし、調子が悪くなるとすぐにこの病院にかかって、先生の言う通りきちんと薬も飲んでいたんです。

それなのにやっぱり躁とうつの波が大きくて、会社も欠勤が多くなっちゃって。

40代も半ばになってもうこれは完全に窓際族だね。

ねえ、なんで僕だけがこんな目にあうんだろう。

来る看護師、来る看護師にこう嘆く彼は、この十数年、年に1回の割合で入院してくるいわば「常連さん」です。

経過はまさに彼の言う通りで返す言葉もありません。

しかし、彼の状況に同情する一方で、私などは「気持ちはわかるけど、そろそろ現状をしっかりと見つめて答えの出ない問答を繰り返すのはやめにしたら?」と思ってしまします。

それは病気の理由探しをすることが、彼の回復にとって何ら助けにならないと思うからです。

病気になることやその経過には医学的に探究していけばそれこそさまざまな要因が重なり合っていて、特に彼のような精神疾患の場合、さらに複雑であるために、患者さんがその原因探しに躍起になることが多いようです。

原因がわかればそれをたたけばよくなるのではないか?そんな希望が捨てられないのだろうと思います。

しかし、実際のところ、それは多くの場合幻想にすぎず、例えば、がんであれば、がんを引き起こす物質、発がん物質や体の細胞ががん化するメカニズムがわかったところで、いちど進行した状態で見つかってもすでに手遅れといったケースも多いのです。

予防の段階と、すでに発病してしまった場合では原因を追究してみても、対応策にはおおきな違いがあるということです。

また、同じ病気であっても、人によって経過の違いはどうしても出てきます。

同じ薬を投与しても効果は違ってきますし、薬の飲み方にしても各人それぞれで完全に病気を治すことができるとは言えないわけです。

これから時代が進んで医学が進歩しても、病気とその治療については「運任せ」と言う部分が多かれ少なかれあるのは事実です。

病気になると病気になったという事実にのみとらわれて、生きることの意味を見失ってしまう方もいるのはとても残念です。

患者さんのこの「病気の理由探し」はたしかに無理からぬことと思えますが、あまりここにこだわりすぎるとかえって回復にも影響してしまうと考えているのです。

2014年1月 8日|